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巳年キリン『働く、働かない、働けば』 書評 [本や映画などの紹介]

『働く、働かない、働けば』書評  (三一書房 2017年、1300円+税) 反天皇制運動Alert19より転載


<2018BROKEN JAPAN>を思い知るために
                       たけもりまき(フリーターユニオン福岡)
 
 2017年大晦日、私の生まれ育った北九州市の八幡で、27年の営業を続けたスペースワールドというテーマパークが閉園し、惜しむ声が大きく報じられたりもした。風景は様変わりしたが、私の記憶は1901年に操業開始した近代資本主義を象徴する官営八幡製鉄所のまま、その溶鉱炉の火が消え現れたのがスペースワールド、次はイオン系の商業施設となるらしい。そういった日常で繰り広げられる資本制社会の浮き沈みは、ちっぽけな一人の人間、労働者をどこまでも惑わせる。社会が壊れていることに気付かせる情報は溢れてはいるが、多くの人はそれを見ようとはしないし、壊された当事者自身こそが向きえ合えない。この本は、そんなちっぽけな一人の労働者の声を通じて、その「惑い」に気づかせ、「壊れ」に立ち止まらせる。
 幻の高度経済成長に浸かってきた私が、「反資本主義」を掲げ、「働かないぞ!」をキャッチフレーズに結成した労働生存組合フリーターユニオン福岡だが、ここに集う面々はこの本の登場人物そのまんまだ。そんな彼らと7.8年ほど前、反資本主義では最前線だろうと小倉利丸の『抵抗の主体とその思想』(インパクト出版会)の読書会をしたが、ほぼ皆きょとんとしたまま終了したことだけを覚えている(笑)その後、ブロークンジャパンは止まる所を知らず、大学を出ても、30歳を過ぎても、正社員なんて働き方は夢のまた夢、日雇いに近い派遣労働で日々拘束され、時給800円前後の低賃金、将来の補償もない不安定な働き方のまま右往左往するものばかり。そんな日本を外側から見たのがブレイディみかこの『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)であり、この本は内側から見たものだ。これを読んでブレイディみかこなら、なんで日本人は「NO FUTYURE!」と叫んでパンクしないんだというかもしれないが。
 しかし巳年キリンのこの本は、「『ここにいていいよ』ってハッキリ言ってもらえないと辛くなってしまう人にはむかないよ」とか、「お金もらえても一度きりの人生を消費されてるかんじには、辛抱できないことがあるよ」というつぶやくような言葉が、右往左往して働くものたち胸にじわっと沁みる。「ああ、どこまで賃労働に支配され尽くした会話なんだ」と一蹴することは簡単だ。しかし、これがこの国のまだ良心というものを備えた労働者の本音なんだということに立ち戻るしかないということを、思い知らされる。賃労働は、労使の契約事項であって、一日8時間以下で、労働に見合った賃金さえもらえば、事足りるはずだという当たり前のことが実行されないまま、資本主義は破綻しつつある。そのことに気付き、立ち返るための労働組合であり、労働運動だと叫びたいけど、何かがもう手遅れになっていることに気付かせる本だ。
 労働者が、企業の歯車なんて前近代のことだろうと思っている人たちへ、これが2018年日本の労働者の大半の現実であることを知らない人たちへ、そして、日本は民主主義社会だよ、個人は尊重されるんだよ、さらには、日本人は偉いんだよと教えられたものたちへである。ここに描かれた世界がごく稀な一部の「働く人」を描いているとしか思えない日本人がそこにいる限り、この国は、この社会は壊れ続ける。だから、この本をベストセラー化すべく広め、さらには無償でも、国定教科書にでもして、これからを生き延びねばならないものたちに、「強制的」に読ませるべきである。近代市民社会の行く末が、タイトルのとおり「働く、働かない、働けば」と「働くこと」に支配され、増殖し続けているからだ。
 最後にこの本は、私らが求めるべくは、金が無くても豊かに生きる術であり、経済的貧困であっても人間が壊れない社会であると、教えてくれる。そのために「生活保護だって受給できるんだよ、ぎりぎりこの国はねっ」と、福祉国家であることも忘れない。労働組合運動の活動家としては、「労働者よ、企業と立ち向かい、闘え」と言いたいところだけれど、2時間程度の時給賃金と一日の休憩時間さえあれば読めるマンガ仕立てのこの本を手にとって欲しい。その程度のゆとりも豊かさもないのは社会が悪いのであって「あなた」の責任ではない、がしかし、それを手に取るのは「あなた」自身でしかないのだから。
                    {註}ここで「働く」とは「賃労働」を指すことは言うまでも無い。


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